■家康のぜいたくが・・・浅草海苔誕生秘話
江戸時代に急激に生産量が増え、これまで天然自生に頼り、限られた貴族階級のぜいたく品だった海苔が庶民の手に届く食べ物になったのには、いくつかの偶然が重なっています。
まず徳川家康がそれまでは未開の地だった江戸に幕府を開いたこと、そして魚好きの家康が品川の漁民に日々将軍家に御膳魚を献上するように命じたこと、これによって漁民達は思ってもみなかった発見をすることになったのです。
人々は悪天候や不漁に備え、いつも鮮魚が差し出せるように沖合にいけすを設けました。枝竹で造った柵囲いだったのですが、不思議なことにこの柵に海苔が好んで繁茂することを発見し、漁民は次々に内海にヒビを立てて本格的な海苔の養殖を始めたのです。
その後、諸説があるのですが海苔は浅草を中心に普及し、素干しだった製法も型に抄いてつくるようになり、浅草海苔と呼ばれ大人気の商品になったそうです。そしてその養殖技術は各地に伝えられ、やがて全国的に広がっていったのです。
もし家康が江戸に幕府を開いてなかったら、家康が魚嫌いだったら海苔の普及はもっと遅くなっていたのかもしれませんね。
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