◆網の起源はいつ?

網がいつから存在するのか、日本の文献をさかのぼっていくと、最初に出てくるのは「日本書紀」神代・下の歌謡で、「 天離 (あまさか) る 夷(ひな)つ女(め)の い渡らす 迫門(せと) 石川片淵(いしかはかたふち) 片淵に 網張り渡し 目(め)ろ寄(よ)しに 寄し寄り来(こ)ね 石川方淵  」と載せている。

考古学上、網の出土例の最古のものは、北欧の中石器時代にさかのぼる。日本では縄文土器に網目の圧痕のある例が青森県是川遺跡や福島県小名浜などで発見されているほか、漁網の錘とみられるものが、縄文時代早期の函館市梁川町遺跡の石錘を最古例として、その他にも多数発見されている。

網の材料は最初、蔦・葛・藤の類が用いられ、やがて苧・麻に移り、明治になると欧米の漁網にならって綿糸の使用が始まり、現代ではナイロンなどの化学繊維が使用されるようになった。

日本において機械編を発明したのは、東京の国友則重で1886年のことであった。以後、綿糸の使用など漸次発達し、編網機の種類も、本目編・蛙股編・無結節編・綟子編の4種類に増え、昭和50年代になると、世界の編網生産高の首位を占めるにいたった。

是川遺跡写真
是川中居遺跡全景